研究内容
はじめに | 私たちは身体に侵入してきた感染性もしくは非感染性の異物に対して、自分を守るために抵抗力を持っています。このような抵抗力のことを生体防御機構と呼び、生体防御反応に関わる分子、細胞、組織などを一括した生体システムが”免疫系”です。免疫系の構成因子が協調して異物に作用する免疫応答が働けば、感染症のように異物によって身体が侵略されることもなく、健康に暮らすことができます。一方で、免疫応答(獲得免疫応答)の成立には病原体などの外来因子の暴露が事前に必要であり、例えば、季節性のインフルエンザに毎年のように罹ってしまうように、生来の生体防御機構(広義の自然免疫)だけでは不十分なことが多いのも事実です。さらに病原体の種類は単一ではなく、人類が未知や既知の様々な感染症が流行する可能性があり、それぞれに対して最も有効な免疫応答とは何かという問いに対する答えはわかりません。このように、私たちは「なぜ感染が成立するのか?」「なぜ免疫応答は感染を防御するのか?」「特定の感染症に有効な免疫応答とは何か?」といった謎について調べています。 |
---|---|
ワクチンについて | ある感染症に対して、最も有効に獲得免疫応答を成立させる手段は、その感染症に罹ることですが、その場合、病気になるので辛いし、命の危険もあります。そのような感染症になったかのような疑似的な感染状況を作り出して獲得免疫を活性化させる方法が、ワクチン接種です。 ワクチンにも種類があり、弱毒生ワクチンや不活化ワクチン、コンポーネントワクチンに加えて、近年の新型コロナウイルスワクチンでお馴染みのmRNAワクチンやウイルスベクターワクチンが有名です。生ワクチンのように標的の病原体の全ての要素を持っているワクチンもありますが、病原体の人工的な培養が困難であったり迅速にワクチンを開発する必要がある場合、mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンを選択することになるため、免疫応答を誘導する標的のタンパク質(抗原)を選択する必要が出てきます。また、上述のワクチンの種類も多様であることから、個々の病原体に適切なワクチン様式を選ぶことも大切と思われます。実は抗原タンパク質だけを動物に接種しても免疫応答を得られないことが多く、同時に免疫応答を高めるための物質を投与する必要があります。それが"アジュバント"と呼ばれるものであり、近年では多種類のアジュバントが報告されています。このように、ある感染症に対してワクチンを開発するにしても、(1)抗原タンパク質の選定、(2)ワクチン様式の選定、(3)アジュバントの選定、があり、さらにそれぞれは複数種類ありますから、非常に多彩な組み合わせが存在します。では、何を手がかりに最適なワクチンを開発したら良いのでしょうか?最も知りたいのは、上述の(4)特定の感染症に対して有効な免疫応答とは何か?という疑問に対する答えです。私たちは、生化学、細胞生物学、免疫学、感染症学、微生物学、あるいは、血清疫学などの専門知識を駆使して、この謎に挑戦し、また、ワクチン開発研究を進めて行きます。 |
マラリアについて | マラリアは世界三大感染症の一つであり、紀元前から現代まで流行が続いている寄生虫疾患です。現在においてもなお、熱帯・亜熱帯地方を中心に毎年2億人以上の感染者と60万人以上の死者を出す恐ろしい病気です。マラリアの原因となる病原体であるマラリア原虫は感染したハマダラカから伝搬します。蚊から注入されたスポロゾイト期マラリア原虫は、血流に乗って肝臓に達し、侵入して増殖します。その後、血流へ放出された原虫は赤血球への感染を繰り返し、一部は生殖母体となり別の蚊に吸血されて受精し、発育後、次世代のスポロゾイトが形成されます。このように、マラリア原虫はヒトの肝臓、ヒトの血液、蚊の体内といった3つのステージを行き来するため、継続的な流行が可能なのです。現在、これらのステージのそれぞれを標的としたワクチンが世界で開発中であり、スポロゾイトに対する感染阻止ワクチン、赤血球期原虫に対する発病阻止ワクチン、蚊への伝搬を防ぐ伝搬阻止ワクチンが報告されています。中でも感染阻止ワクチンであるRTS,S/AS01ワクチン(GSK社)は2021年よりWHOから予防接種として推奨されました。一方で、臨床試験の結果から有効性と持続性が不十分ということも指摘されており、これらを向上したワクチンの開発が課題とされています。私たちは上述のワクチンに対する考え方を基盤として、有効なワクチン開発が困難とされるマラリアワクチンの開発研究に挑戦しています。 |
その他の感染症 | 新型インフルエンザ、エボラ出血熱、MERS(中東呼吸器症候群)、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)等の新たな感染症(新興感染症)や、デング熱や結核等の以前からあり最近になって復活の兆しが出てきた感染症(再興感染症)の流行が世界中で問題になっています。私たちの未来においては、ひょっとすると今まで経験したことのないような恐ろしい感染症が蔓延するかもしれません。そのような状況においても、ワクチン開発における基礎的研究が確立されていれば、即座にその感染症に対応可能なワクチンを提供できるかもしれません。開発の困難なマラリアワクチンに挑戦する意義は、このような未知の感染症に対しても応用できるような技術を確立できることだと信じています。一例として、マラリア用に作製したワクチン様式の標的を新型コロナウイルスに変えて、既存のmRNAワクチンなどと比べてどれくらい効果に違いが出るかなどを調べています。このように、評価系の整っている感染症をモデルとして、私たちのワクチンがどこまで通用するか確認しようと計画しています。 |
当研究室の研究テーマ | 当研究室ではワクチン開発の基礎的研究に取り組んでおり、具体的には次のような課題の研究を行っています。
・肝臓期マラリア原虫を排除可能なウイルスベクターに関する研究 |